2025.04.08
Vol.2 佐藤大気(JAG)
“Giving Product to the Real Experience of Messengers”
無線、自転車、メッセンジャーバッグ。
いわゆる、メッセンジャーにおける“三種の神器”。時代の変化とともに無線は携帯電話のアプリで代用するケースも増えたが、それらさえあれば、世界中のどの都市に行ってもメッセンジャーは仕事ができると言われている。そしてその“三種の神器”の中でも、メッセンジャーのDNAがとりわけ色濃く反映されるアイテムこそが、その名の通り、メッセンジャーバッグ。
『A By Courio-City(エー・バイ・クリオシティ、以下『A』)』のプロデューサー・JAG(=ジャージ/佐藤大気)は、クリオシティを長年にわたって支えるベテランメッセンジャーであるとともに、20年以上にわたってバッグを中心としたものづくりと向き合う“Productor”だ。
そんなJAGのものづくりのヒストリーは、既製品のメッセンジャーバッグに抱いた違和感と、所属していたメッセンジャー会社の事務所にあった「ひとつのミシン」から始まった。
事務所にあったミシンで、初めてのメッセンジャーバッグづくり
JAGは2004年、ヨコハマメッセンジャーという会社でキャリアをスタート。2006年にクリオシティへ移籍後は、メッセンジャー仲間へのサプライを中心に独学でバッグ製作を始め、2009年に自社ブランド 『A』を立ち上げてからは、企画・デザイン・製作のすべてを担っている。
「ヨコハマメッセンジャーでは仕事用にORTLIEB(オルトリーブ)のメッセンジャーバッグを支給していたのですが、自分的にはそれがデザイン的にも機能的にもしっくりこなかったんです。それもあってTIMBUK2(ティンバックツー)のメッセンジャーバッグを通勤などで使っていたら、斜め掛けのメッセンジャーバッグが使いたいなと思い始めて。そんなタイミングで、ヨコハマメッセンジャーの事務所に、上下送りのミシン(※)があることに気づいたんです」
(※)上下にある歯で生地を挟み込むように送る方式のミシン。布送りがスムーズで厚物や伸縮素材の縫製に適しており、主にカバンやバッグを縫うときなどに使用される。
ヨコハマメッセンジャーの社長はヨット関連の事業もやっていて、そのブランドのワッペンを縫い付けるときにミシンを使っていたという。ミシンの存在に気づいたJAGは、自らの手でメッセンジャーバッグを作る構想を立て始める。ヨコハマメッセンジャーは赤のORTLIEBが基本で、斜め掛けを背負うなら、「自分で作って、さらに赤ならいいよ」と社長に言われた。
「赤だったら、布もターポリンみたいなのがちょうど事務所にあって。ちなみに今もクリオで一緒に働いている、ヨコハマメッセンジャー時代からの先輩・北極さんも当時、自分でメッセンジャーバッグを作っていました。メッセンジャーバッグって実際、作ろうと思えば誰でも作れる。もちろん、縫う工程も含めてレベルの差はありますが。極論、やるか、やらないかだけ」
そうして初めて向き合ったメッセンジャーバッグ。平日はデリバリー業務があるため、土日も会社に行って地道に作り始めた。JAGは小さなころから図工や家庭科が得意だったそうだが、ミシンは家庭用を触ったことがあるくらい。それでも試行錯誤しながら試作品が完成した。
「ヨコハマメッセンジャーは入って1〜2年で無くなってしまったので、作ったメッセンジャーバッグはひとつだけ。ただしクリオに入ってからも、しばらく使っていました。もう今ではボロボロというか、バックルなどを解体してしまいましたが、残ってはいます。久しぶりに見てみると、今ではしない作り方をしているけれど、意外と手の込んだ部分もあってびっくりしますね」
既製品への違和感と自らの理想をカタチに。2009年に『A』スタート
クリオシティに移籍後も熱が冷めなかったJAGは、Yahooオークションでミシンを3万円で購入。ただし、ミシンに関してまだあまり詳しくなかったこともあり、購入後に上下送りではない、薄物用のミシンだったことに気づく。すでに購入していたターポリンで縫ってみたもののうまくいかず、布に合わせて針や糸を変えたが、きれいに縫うことはできなかった。
「最初に買ったミシンをいろいろ調整してみたのですが、どうやってもうまく縫えず。それでやっぱりダメだとなって再び探した結果、東京の練馬に良さそうなミシンが売っていたので、軽トラックのレンタカーで行って。クリオに入って最初の給料で、そのミシンを買いました」
現在は薄くて丈夫な(いわゆるUL系の生地)も増えてきており、このときに間違えて購入したミシンと同仕様のミシンを、クリオシティの同僚・サンテから借りて使うこともある。
スタートから完全なる独学。自分のためにメッセンジャーバッグを作り始めたJAGだが、しばらくすると同僚から「自分にも作ってほしい」という声が届く。時系列は前後するが、『UNDER11』という名のプライベートブランドを知る者は、この界隈の通と言えるだろう。
その後、クリオシティでSP(=Sales Promotion)事業部を立ち上げる機運が高まり、2009年にクリオシティの自社ブランドとして『A』がスタート。JAGにとって、ものづくりの第2章がスタートした。また、同年に開催されたアジア&日本初のメッセンジャーの世界大会『CMWC 2009 Tokyo』のデリバリーレースで、JAGが世界5位を獲得したことも付け加えておく。
「『A』がスタートしてから、クリオの次長さん、北極さん、殿下とかとアイデアを出し合いながら、テストを重ねて作った最初の商品が、今でも定番で作っているU-LOCK HOLDERです。あとは、イベントやレースなどがあったときに、プライズで『A』のアイテムを作ることも徐々に増えていって。『明日、名古屋でレースあるから作って!』みたいな無茶振りもありましたね。でもそういう機会を通して、メッセンジャー界隈で『A』の存在を少しずつ知ってもらえたと思います」
さらに、クリオシティで『A』のPR的な役割を果たしていたメッセンジャー・次長のコネクションから、ブランドやアーティストとの別注・コラボレーション案件にもチャレンジしていく。
「コラボレーションに関しては、作ってほしいと言われたら、純粋にうれしいでしかない。やったことのない生地を使って、やったことのない工程で、自分的に新しいアイテムを作るのは楽しいことです。とはいえ、服とかを作ってみたいと思ったことがあるかと言えば、それはなくて。もし自分の欲しい服がなかったら作ろうと思ったのかもしれませんが、服に関してはどこかしらにあるので。でもバッグに関しては、売っているものに対して『もっとこうだったらいいのにな』という違和感や、『自分なりにこうしたい』という理想があるから作っているのだと思います」
そして、2022年に開催されたメッセンジャーの日本大会『JCMC 2022 Yokohama』、続く2023年に開催されたメッセンジャーの世界大会『CMWC 2023 Yokohama』では、メインイベントであるデリバリーレースの1位に贈られる、名誉あるチャンピオンバッグを製作。
BMXライダーであり、アーティストとしても活動するNao Yoshidaの、自転車のタイヤを使った独自技法“RIDRAWING”とのコラボレーションによって生み出されたスペシャルなバッグ群。横浜に根を張り、地道にバッグを作り続けてきたJAGにとって、その時点での集大成と呼べる作品は、自らが生業としているメッセンジャーのビッグイベントでまばゆい脚光を浴びた。
経験から生まれるディテール。本物にこだわるJAGのものづくり
JAGはメッセンジャーとして20年にわたるデリバリー業務を行う過程で、テストと改良を繰り返し、『A』のアイテムを常に進化させてきた。こと日本においてメッセンジャーバッグを主としたブランドはいくつか存在するが、現在進行形でメッセンジャーカンパニーに所属し、現役で走り続けながら、バッグを作っているプロデューサーはJAGのみと言えるだろう。
「背負ったときのフィット感やシルエット、耐久性、防水性、あとは荷物の出し入れの俊敏性。それらは実際に自分が使ったときの感覚と、メッセンジャーたちのフィードバックを参考に、改良を続けています。例えば、『A』のメッセンジャーバッグのフラップはオリジナルのスライドフック式で固定するのですが、マジックテープだとすぐにボロボロになって引っ付きが悪くなってしまいますし、フラップの開け閉めで、服の袖口もボロボロになったりします。あとデリバリーでビルのシーンとしたオフィスに入ったときにうるさい。そういった細かな部分はメッセンジャーの経験から生まれたディテールであり、プロ仕様であることへのこだわりはあります」
自身の性格を「ちょっと細かいかな」と笑いながら語るJAG。ただし作り手として、少しのことでも気になる性格が、『A』のクオリティに反映されていることは間違いない。
「作り終わって満足できたような気がしても、作り始めると満足できない部分が出てきて、結局はああでもないこうでもないの繰り返し。不満があるからバッグを作り始めたのですが、同じように不満がある人のバッグを、これからも作っていくのかもしれません。その人の中で『こうしたい!』というイメージはあるけれど作れない、だから自分が作る、みたいな。『欲しいと思うものを作りたい』という気持ちが、自分のものづくりのベースにあるのだと思います」
プロスペックのアイテムは、メッセンジャーのようなヘビーユースでしか、本当の価値を実感できないポイントが存在する。それらは一般のユーザーでは気づきづらい部分でもあり、もしかしたら費やす手間や労力は、製作者の手によって天秤にかけられているのかもしれない。
それでもJAGは、横浜唯一のメッセンジャー会社で、メッセンジャーの手と感覚で生み出す『A』 というブランドのプライドに懸けて、本物にこだわるものづくりをこれからも続けていく。
インタビュー&執筆 :ラスカル
(クリオシティ・広報)